交流プログラム
『「夏の旅」「四万十」 合同報告会』

高知県中村市にて8月20日の夜、四万十川国際音楽祭実行委員会の方々(代表:柳川氏 他8名)に迎えられ、「向井山朋子「夏の旅」〜シューベルトとまちの音〜」の報告会を行いました。「夏の旅」5地域(東京・仙台・山形・岩手・札幌)での音採集からコンサートまでをまとめた映像、公演前から話題となったチラシ、ブログのコピー(一部)などを紹介させていただきました。「夏の旅」プロジェクトでは、「準備から公演に至るまでを含む一連のプロジェクトを通して、アーティストと参加者がどのように変容していくか」に注目してきました。その点を主軸とし、通常のコンサート会場では起こり得ない可能性が向井山氏によって引き出された様子とともに、演奏収録は編集されました。上記の写真は、その映像を見ていただいている様子です。
この報告会の前に、四万十川国際音楽祭実行委員会の柳川氏が、7月27日の「夏の旅」札幌公演に来てくださいました。8月19日の第75回中村交響楽団定期演奏会(主催:四万十川国際音楽祭実行委員会・中村交響楽団)では、東京スタッフ黒崎氏、仙台スタッフ吉川氏とともに演奏を聴きました。その後の打ち上げ(総勢約50名)に参加し、翌日に四万十川を訪れた後、四万十川国際音楽祭実行委員会の方に報告会を行ったのです。
● 向井山朋子「夏の旅」〜シューベルトとまちの音〜 について
音楽活動だけではなく、アーティスト活動を国際的に行うオランダ在住向井山朋子は、これまでもAAFで斬新な企画を行ってきました。今回、アサヒ・アート・フェスティバル 2007年企画「夏の旅」では、初めて5地域共同プロジェクトを行いました。開催地は東京 ・ 仙台・ 山形・ 岩手 ・ 札幌。春に各地で集められた様々な「まちの音」と、フランツ・シューベルト「即興曲」、シミオン ・ テン ・ ホルト「カント オスティナート」(1979)を、向井山朋子は自らの新作、電子音楽「夏の旅」とともにリミックスしました。
** アサヒビール メセナ22号に5地域を巡った感想記事があります。——>
http://www.asahibeer.co.jp/csr/philanthropy/art-cul/news.html
● 報告会で主に話題となったこと —— 『ノイズ』
報告会中、時折演奏に入る『ノイズ』に抵抗感を感じる反応が見受けられました。四万十川国際音楽祭実行委員会の皆様からの最も多かった質問は、「なぜ、心地よい「まちの音」だけではなく、心地よいとは言えない音や『ノイズ』を使うのかしら?」でした。今回の「夏の旅」プロジェクトでは、向井山氏の空間創りも大きな要素であり、その中で幅のある音を体感することができましたが、DVDの映像だけでは、心地よい音から『ノイズ』までの幅を感じるのが難しいことを目の当たりにしました。五感を刺激する光、空気の流れ、土地の臭い、アーティストの創り出すエネルギーはブラウン管からは伝わりづらく、映像と向き合う報告会で、スタッフが全体像を伝えることは特に難しい点でした。
当日の会場でも、その『ノイズ』への疑問や、「なぜ、あえて、まちの音をクラシックに取り入れるのか。」という声がなかったわけではありません。この点について、向井山氏が岩手公演後のアーティスト・トークで話した内容を、四万十川の報告会で紹介しました。
Q (男性) : ノイズって言うとあまりいい音ではない。時折演奏中に入ったブツブツ音は消してほしい。
A 向井山氏 : あれはわざと。消そうと思えば消せたけど、あえて入れている。極端なものが好き。汚れ、きれいなものが好き。振り子を大きく振った時の、端と端、黒と白、いろんな音を見たい。
Q (女性) : ノイズが好き。ああいう音とピアノの曲を組み合わせたのはなぜ?気持ち良かった。
A 向井山氏 : ノイズ=雑音 と考えられている傾向がある。二つの音の間にあるのがノイズ。ひっこめようとすると逆に目立つ。逆に際立つ。だから、あえて全面に出してみました。
クラシック音楽というと、美しい音楽への「酔い」や、音質への無条件の感動、技術などを無意識に期待することが多いかもしれません。他方、今回の向井山朋子の公演は、オーディエンスの意識・無意識を揺さぶり、走馬灯のように思い出が内部から込み上げ、長い記憶の「巡回」、「旅」をしているような感覚や、「覚醒」、「浄化」の感覚を聴き手に送り(贈り)ました。『ノイズ』もその効果を相乗したと考えます。向井山氏が調理した素材(古典、現代音楽、現代のまちの音)の創り出すエネルギーの素晴らしさは、演奏者であれば誰でもできるという技ではないことを真摯に感じつつ、その大きな見えない空間に流れる力を第三者に伝える難しさを痛感したのが、今回の報告会でした。今回の「夏の旅」企画では、「音」への新たな視点を見つけることができた私個人の経験として、『ノイズ』に強烈な違和感を持った方は逆に、その疑問が記憶のどこかに残り、いつの日か『ノイズ』の違う面を発見すると思います。
● 地域とアート
「まちの音」の中に、蕎麦屋の女将(仙台)の声がありました。公演では、地域の裏の部分、住民の本音とともにシューベルトの即興曲が響きました。四万十川で、船頭さんの話を聞いているとき、私の頭にはシューベルトの曲が流れてきました。私たちの見た四万十川は美しかった。しかしながら、船頭さんは現実問題、四万十川が悲鳴をあげている事実を語りました。実際、地域は問題を抱え、それは日本の問題の縮図のよう。なぜか、船頭さんの話を聞きながら、向井山氏が、船頭さんの声を含む四国のまちの音を調理したらどうなるのだろう、と思わず考えてしまったり、船頭さんが向井山朋子の演奏を聴いたらどう感じるだろう?と船頭さんを見つめてしまったり。蕎麦屋の女将の声が、アートに組み込まれることをこれまでに考えたことはありませんでした。クラシック音楽と地域の問題が、頭の中で同席することもありませんでした。クラシック音楽と『ノイズ』は相反する場所にありました。様々な変化が向井山朋子の演奏を聴いた後、私の内部で起こりました。アートの素材に枠はなく、使い方も様々で、似たものですりかえても同じ結果にはなりません。そして、そのアートから生まれる反応も様々であることを再認識しました。これは、アーティストの技です。作品の結果に予測ができない、と何度も繰り返し感じます。
地元の人々の、「アートへの参加」を今後広げていく方法として気づいたことが3点あります。1つ目はインターネット活用。2つ目は、アーティストだけではなく、アート・ディレクターの重要性。3つ目は隣県でのプロジェクトの可能性。今回は“東北”。
プロジェクト・スタッフですら、公演前日までアーティストが何を創り上げるか予測できませんでした。日夜のブログ作成、2000部のチラシ配布、個人へのチケット販売、そのどれもが、期待を持ちつつも手探りの準備でした。仙台スタッフ吉川氏の的確な誘導の元、5地域での連携プレイは、インターネット時代ゆえ、活発に行えました。日々のMLだけではなく、skype会議も、情報交換、意見交換のために有効でした。向井山氏を交えてのskype会議もあり、日を追うごとに5地域の結びつきは強くなりました。今後の検討事項としては、インターネットを使用しない世代の方々が、プロジェクトを動かすパワーを持っていることも多いので、それをどう活かすか、ということです。よりプロジェクトの可能性を広げるために、検討の必要性があると思います。
今回、吉川由美氏(仙台スタッフ)がアート・ディレクターとして5地域をまとめたことが、プロジェクトの成功への鍵でした。様々なハプニングがありながらも連携プレイをより活かすことができたのは、吉川氏の手腕であると確信しています。
隣県でのプロジェクトの可能性を “東北”に見ました。インターネット時代でも、人、対、人のコミュニュケーションに勝るものはありません。北海道は、車で3時間移動しても、北海道です。簡単に手軽に他県への移動はできません。しかし、東北では、時間面でも経済面でも比較的容易に人間の移動が可能です。仙台で感動した一部の人々が、もう一度公演を聴きたいと山形へ移動。さらに岩手にも観客は移動しました。人間の移動は「うねり」のごとく、リレーのバトンのごとく、さらに感動を運びます。都道府県がアートを通じて交流しあえることは素晴らしいと感じます。今後も東北連携プレイや、四国などの隣県プロジェクトは多くの人々を巻き込む可能性があると考えます。四万十川国際音楽祭実行委員会には、その活動経歴からも今後に期待します。
● AAFならでは
春に、各地でまちの音集めを行った後、向井山氏の住むオランダにその「まちの音」を送りました。向井山氏は全体の曲づくりのために、音の編集に8割、ピアノの編集に2割の時間がかかった、とアーティスト・トークで話していました。向井山氏は、「曲作成のために、日本のまちの音の採集をオランダから依頼するのは、通常無理。しかも、それが5地域なので、なおさら普通は難しい企画。AAFでなければできない凄い企画です。」と。
今回のコンサートは各会場約100名への公演でしたが、まるで、向井山氏が一人一人のために演奏をしているような感覚をもたらしました。札幌公演に来てくださった四万十国際音楽祭実行委員会の柳川氏は、「AAFでの長年に渡る向井山氏の活動の中に、一人の観客のために15分の演奏を行った「for you」がありますが、今回も「for you」のようでした。」と。向井山氏の演奏は、味わった人だけに残る強い「印」のようでもありました。会場で、向井山氏の創り出す空間と演奏に打たれた人々を多く見ました。このような特有なプロジェクトを応援しているのは、現在アサヒ・アート・フェスティバルです。(「向井山朋子」の創るユニークな企画のような場合、行政の助成や応援が得られる難しさについて、四万十国際音楽祭実行委員会から意見がでました。実際、行政の助成がない場合、公共機関ではチラシが置けないことも多くあります。他方、稀な例かもしれませんが、今回、「夏の旅」山形プロジェクトでは、白鷹町の応援、教育委員会の方々の積極的な協力がありました。)
四万十川国際音楽祭実行委員会では、クラシックだけではなく、ジャズ、よさこい(高知、と言えば)が大好きでたまらないメンバーが集まり、夫婦間、親子間、孫とおばあちゃんの間で、音楽活動が広がっています。
まさに、「草の根」。
音楽活動を通じて、参加者が家族・親戚化をするという現象を、第75回中村交響楽団定期演奏会の打ち上げ、実行委員会の仲の良さで感じ驚きましたが、実は「夏の旅」を通じて、私たち5地域のスタッフもまた、他人でありながら、姉妹化・親戚化しました。コンサートをプロジェクトにすることで、より参加者が団結するのかもしれません。さらに、参加者だけではなく、その家族にも影響があるのが興味深い点です。クラシックが好きではない旦那様を持つ四万十川国際音楽祭実行委員会のスタッフの方が、「クラシックが好きではないにもかかわらず、うちの夫は、アサヒロビーコンサートにだけは、普通のクラシックコンサートと違って面白い、と言って来るんです。」と。私の母も、「夏の旅」札幌公演には、今までに見たこともないほどの感動していました。
● 報告会の重要性 と まとめ
聴いた人だけの感動で終わってしまわず、第三者に伝える方法を客観的に考える機会となったのが、四万十での報告会でした。プロジェクトとして多忙を極め、渦中にいる間は他のプロジェクトまで意識が回らない状態でしたが、今回交流会を持つ機会を与えていただいたおかげで、他のプロジェクトを味わうことができ、自らの企画を客観視できました。人から人へ、という音楽の仲間の輪を長きに渡り広げ、波及し続ける四万十川国際音楽祭実行委員会の活動に、今後、もし向井山氏との出会いがあれば、そして、そこに今回仙台で蕎麦屋の女将が来たように、四万十川の船頭さんなどが聴く日がくるという希望を心に持ちながら帰路に着きました。
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- 梅坪弥代
- 英国の美術大学で造形、 グラスゴー大学で西洋美術史を勉強し帰国。「夏の旅」プロジェクトでは、ブログ管理と札幌公演の準備を担当。5地域、全てのコンサートを体感。今秋よりカナダ、トロント大学に入学し、西洋美術史を専攻中。